加納総合病院は総ベッド数300床のケアミックス病院であり、地域の急性期医療を担っている。日本脳卒中学会認定の一次脳卒中センターコア施設であり、脳神経外科専門医が非常勤医師を含めて7名在籍している。そのうち4名は救急医療や脳卒中急性期治療、脳神経外科手術などに携わっており、当院脳卒中センターの主軸を成している。
近年、脳神経外科領域においても低侵襲治療のニーズが高まっており、脳血管内手技が治療の主体となっている。脳動脈瘤治療では開頭クリッピング術よりもコイル塞栓術を、頚動脈の動脈硬化性病変では頚動脈内膜剥離術(CEA)よりもステント留置術(CAS)を選択する施設が増加しており、この傾向は今後も続く。以前は直達手術と血管内治療の実績や治療成績を直接比較した研究が多く発表されてきたが、血管内治療が主流となった現在、直達手術については件数が激減しており、指導する側も経験が十分とは言えず、比較することに意味がなくなってきている。つまり直達手術においては、若手脳神経外科医への手術教育が危機に瀕しているのである。
外科系科目を有する病院は、いかに治療結果に影響を及ぼすことなく、かつ効率的に手術教育を実践できるかを考えなければならず、そのような環境を整えることが使命であると考えている。昨今の厳しい医療情勢のなかで小〜中規模の急性期病院は減少しつつあり、今後も人口減少とともにこの流れは続くと思われ、いわゆる‘メジャー手術’と呼ばれる大手術は大病院へとシフトしている。それでも小〜中規模病院は地域医療の主な担い手であり、とくに脳卒中においては発症からの時間が治療結果に大きく影響するため、大病院だけに頼る訳にはいかない。そこで我々加納総合病院が担うべき役割は、@地域の脳卒中急性期治療(Time Is Brain)、A関連病院で激減している直達手術の術者育成、であると考えている。
脳血管障害における直達手術と血管内治療の住み分けを考えてみると、虚血性疾患、出血性疾患いずれも、それぞれの特徴を生かした手技が存在する。唯一、脳出血(頭蓋内出血)に対する血腫除去については、血管内手技では不可能である。以前のような‘直達vs血管内’という構図は今日では相応しくなく、互いに補い合うような関係でなくてはならず、直達手術と血管内治療を同時に施行できるハイブリッド手術室を備える施設も増えてきている。
では、血管内治療が主流となったこの時代に、直達手術に期待されていることは何か。これは取りも直さず血管内治療の弱点を補うことであり、次の8つに集約される。@脳血管バイパスを必要とする症例、A病変の切除が必要な症例、B急いで頭蓋内圧(脳圧)を下げる必要がある症例、C血管の蛇行や屈曲など、病変へのアプローチが困難な症例、D造影剤の使用が困難な症例、E抗血栓薬の使用が困難な症例、Fその他のカテーテル実施が困難な症例、G直達手術希望の症例。また直達手術のメリット・デメリットを考えてみると、@歴史と実績、A脳圧(頭蓋内圧)がコントロールされている(=脳が開放されている)、Bどの段階からでもバイパス術へ移行できることがメリットであり、C時間を要する(手術時間や修練に要する時間)、D侵襲度が高いことがデメリットとなる。しかし、頭部の皮膚を大きく切ることが本当に‘高侵襲’なのか。血管内治療の際の放射線被ばくや造影剤暴露は非侵襲的と言えるのか、抗血小板薬と抗凝固薬の併用などのリスクはどうか、など直達手術のみが侵襲的という訳ではないと考えている。前述A脳圧がコントロールされていることに関して、くも膜下出血を例に考えてみる。くも膜下出血は頭蓋内圧亢進に伴う様々な生体反応が生じ、約三分の一の患者は発症時または発症後間もなく死亡する。死亡原因は脳圧亢進による脳幹圧迫や脳循環の停止に伴う広範囲脳虚血、交感神経系の過剰亢進に伴う急性肺水腫や急性心不全、致死的不整脈などである。すなわち、即座に脳圧を低下させることでこれら負のイベントを回避できる可能性があり、病院搬送後すぐに開頭手術をおこなうことで救える生命があると考えられる。
最後に症例を提示する。54歳女性。仕事中に突然意識を失い倒れ救急搬送。意識レベルJCSV-300、血圧158/96mmHg、脈拍89回/分、瞳孔径左右とも4.0mm、対光反射消失。頭部CT検査においてくも膜下出血の所見あり、3D-CTAでは脳底動脈先端部に長径3.4mmの動脈瘤を認めた。家族歴として実母が同じ部位の破裂脳動脈瘤に対しコイル塞栓術を施行されているが、経過不良で亡くなられている。治療方針について夫より、「妻の実母もまったく同じ部位の動脈瘤の破裂でした。某病院で血管内治療(コイル塞栓術)を受けて動脈瘤は詰まったのですが、術後の経過が良くなくて亡くなりました。血管内治療が悪かったとは思いませんが、同じ経過を辿って欲しくなくて開頭手術でお願いできないでしょうか」との希望あり。その後、希望通り開頭クリッピング術を施行し、術後経過良好でリハビリテーション病院へ転院。現在、後遺症なく外来通院中である。このように、血管内治療主流の時代においても稀ながら直達手術(開頭術)を希望される方がいることも事実であり、脳神経外科医はこのような希望にも応えて行かなくてはならない。
※ 詳細な内容は以下をご参照ください。
▼すべての図表をPDFで見る(2.4MB)